CHALLENGER INTERVIEW
警備業界を変えるため、人材育成に取り組む
文・写真=田中剛(本誌エディター)/text & photo by Tanaka Tsuyoshi
岩佐龍一(IWASA RYUICHI)
─事業内容を簡単にお教えください。
岩佐 とらいろの警備業務は、「第2号」に分類される中の、主として建築・土木・通信工事等の工事現場において安全な誘導をおこなう警備です。東京・町田市に本社を置き、山梨、大阪、石川、愛媛、愛知、長崎に計7つの営業所を展開し、230人の社員が働いてくれています。警備業界には1万1千社以上の会社があると言われていますが、営業拠点を5カ所以上持っている会社は1%未満です。非常に小規模な会社ばかりであることには、さまざまな理由があるのでしょうが、私は警備業界を変えるためにも規模を大きくしたいと考えています。警備社員が若いというのも当社の特徴で、20代が中心です。その分、人材確保のために給与水準もやや高いのですが、全産業の中では警備業界の給与水準は低い。これを変えていかなければなりません。もうひとつ、当社の営業部長および営業所長のほとんどがパチンコホール店長経験者ということも特徴です。
─大阪と和歌山のパチンコホール企業での勤務を経て警備業界に入ったそうですが、何がきっかけだったのでしょう?
岩佐 2018年に父の死をきっかけに、当時働いていた和歌山県のホール企業を退職して地元の長崎に戻り、付き合っていた妻と入籍しました。生活リズムを変えたいと思い、パチンコホール以外の仕事を探し、「とりあえず」という感覚で、創業間もない小さな警備会社に就職しました。入社3日間はほぼ座学の研修で、憲法に始まり警備に関連する各種の法律・法令、警備実務の基礎知識を学びます。面白みのないものでしたが、これは業界として義務付けられたものなので仕方ありません。
─工事現場の安全を守るために必要な知識なのですね。
岩佐 そうなんです。ところが研修3日目に会社から、「現場ではなく営業所で働かないか」と声がかかったのです。研修会場には〈清掃の人〉と紹介された年配の方がいて、休憩時間などに挨拶がてら雑談をしていたんですが、実はその方は会社の会長でそうやって社員の選別をしていたんです(笑)。私はその辞令を受けましたが、まず1カ月間、警備社員として現場で働かせてもらいました。ひとことで言えば「酷い状況」でした。
警備業界の〈酷さ〉を見て「業界を変えよう」と思った
─警備社員の方々の勤務態度が酷いという意味ですか?
岩佐 通信会社系の工事では、同日に複数箇所で工事がおこなわれますが、まずは朝、一カ所に工事業者さんと警備業者さんが集まり、そこから各現場へとクルマで送られます。取引先(雇主)である工事業者の方々と一緒に、1日に何カ所かの現場を周るのですが、工事業者の方々にろくに挨拶をしていない。休憩時間にお酒を飲む者すらいる。そんな状況です。そして工事に関わる多くの事業者のヒエラルキーの中で、明らかに警備員が最下層に位置していました。人材も酷いが扱われかたも酷い。そう思うと同時に、「これはものすごいチャンスだ」と思いました。
─どうしてチャンスだと思えたのでしょう?
岩佐 私は1998年に大阪のホールに就職したのですが、地域性もあり、パチンコホールの接客に「ホスピタリティー」「おもてなし」といった考えは希薄でした。私自身、新人の頃には「従業員はお客さんに舐められないことが大事だ」と教わりましたし、イカツイ感じの従業員もまだいました。そんな業界が従業員教育を徹底してサービスを向上させていったのを目の当たりにしました。ですから、警備業界でも同じことができるはずだし、それが差別化に繋がり、働く警備スタッフにも自身の仕事に誇りを持ってもらえるようになるはずだと思ったんです。すぐに社長と会長に提案して現場の改革を始めました。まず、朝礼を実施し、集合場所で会う工事業者や他の警備会社の方々に挨拶を始めました。最初こそ気味悪がられて「そんなん、せんでいいよ」と言われましたが、すぐに現場の雰囲気が変わってきて、仕事終わりなどに工事業者の方から「お疲れ様」と声をかけてもらえるようになりました。同時に、その年の11月に7人だった社員数を、翌年3月に180人の体制に拡大させました。警備会社が規模を拡大しにくい理由のひとつが、採用が非常に難しいという点ですが、私はホールの新台入れ替え風の求人広告を作り、若年層を狙って応募者を増やしたんです。
─パチンコ業界時代のことで印象深いことはどんなことでしょう?
岩佐 私の大きな転機は『ぱちんこ情熱リーグ』(決勝大会は2010年に大阪で開催)への参加でした。第1回開催では副店長の立場で参加しましたが、自店は6位で本選のステージには上がれませんでした。自店は競合状況の変化の時期にあり接客に力を入れ始めていたところでしたが、会場で他法人のホールの方々のプレゼンを見て、「接客によって再来店していただくことにこんなに真剣に取り組んでいるのか」、「こんなに誇りを持って働いているのか」と驚き、感動して涙を流したんです。第2回の情熱リーグにも副店長の立場で参加し、本戦のステージに立つことができました。あれは自分の仕事観を大きく変えた体験でした。その後、会社の飲食事業部に異動になり、レストラン3店舗の統括をしたときも、転職して和歌山のホール企業でふたたびパチンコホール店長になったときも、「お客様にどうやって満足していただこうか」「店舗スタッフたちにイキイキと働いてもらいたい」ということを常に考えていました。
営業所長、副営業所長を中心に実施している研修
─和歌山のホールを退社し、地元・長崎に戻り警備会社で約3年働いた後、起業されたわけですね。
岩佐 私はいち社員でしたから、私が考える「警備会社として、サービス力を向上させることでお客様から選んでもらう」を実現するためには、自分で会社を興すしかなかったのです。警備員に高い人間力、サービスマインドがあればあるほど、工事業者の方が工事に専念できる環境を作れるんです。近くを歩く住人の安全を守る、近隣住民からのクレームや問い合わせに対応する、ときには事前に現場を下見して問題の発生を未然に回避する。そういったことで、工事業者から頼りにされれば、警備員はより自分の仕事に誇りを持てるようになるはずです。また、こういった「気が利く」ということを事業者選びの評価項目に入れている工事業者から選ばれるようになる。結果として価格競争に巻き込まれないようになるはずです。そのためには、社員には他の警備会社の警備員を上回るサービス力を発揮してもらいたい。
ビジョン実現には人材の育成が急務
─警備は人間力を発揮する余地がかなり多いサービス業的仕事ですね。見方が変わりました。
岩佐 私の考えでは、警備員を統括する営業所長には気配りができる人が適任です。一方で営業の場面では、取引条件がさまざまな取引先からのご要望に対して、採算を考えながらどのように人員を配置するかを考えなければならず、これはホールに例えれば計数管理に似ているかもしれません。弊社の営業部門のほとんどがホール店長出身者なのは、ホールで培った対人スキル、営業数値管理スキルともに、このビジネスに応用できるからだと思います。いずれは現場の警備員の中から営業副所長、営業所長に上がってきてほしいですが、当面は、ホール店長経験者のスキルを持った方を採用したいと考えています。
─急速に営業拠点が増えれば、岩佐社長の経営理念や実現したいビジョンを社員の方々と共有することも難しくなるのでは?
岩佐 営業拠点が増え社員が230人になったことで、私の想いを現場に届けることが難しくなってきたのも事実です。しかし私は、警備業界で誇りを持って働ける人を増やしたいからこそ、会社の規模拡大のペースを落としたくない。ですから、人材育成の問題が大ごとになる前に手を打たなければと考え、ぱちんこ情熱リーグでお世話になった中村恵美さんに「社員の育成で困ってます。手助けしてください」と連絡を取ったのです。ぱちんこ情熱リーグの勉強会での、中村さんのからの学びが、私のサービスの原点を作ってくれたので、「私の想いをカタチにしてくれるのは、中村さんしかいない」と思ったんです。2024年6月に最初に相談に乗っていただき、現在は、月3回もしくは4回のペースで営業所長、副所長クラスの社員を対象にした研修をお願いしています。
岩佐社長(左)に要請され、同社のサービス向上プロジェクトを支援しているSPARKS NETWORKの中村恵美代表(右)
─SPARKS NETWORKの中村さんにはどのようなことを依頼したのでしょう。
岩佐 社員たちが、夢や目標を持ってワクワクと夢中で仕事に取り組む会社風土にしていきたいし、社員全員が同じ方向を向いた組織を作りたい。そのお手伝いを中村さんにお願いしています。中村さんのご提案をもとに、「我々は、何を目的に警備業務を行うのかを再定義し、その仕組みをつくる」というプロジェクトをスタートしました。会社の拡大とともに、私が現場の警備員たちに直接、想いを伝えることはますます難しくなります。ですから、警備社員と直接接する営業所長、副所長たちが主体となる必要がありますし、発信力やコミュニケーション力を高める必要もあります。もちろん、私自身もそういったスキルを高める必要があります。また、我々が存在する目的、何を実現したいのか、どんな会社でありたいのか、といったことを言語化する必要があります。中村さんにはファシリテーターになっていただき、営業所長、副所長たちにそういったことを議論してもらい、彼らの言葉で整理していくことも進めています。現状が、サービス理念、行動指針、サービス基準を作成する第1フェーズです。その次のフェーズでは、モデル営業所を作り現場の社員向けの研修を導入し、その次に各営業所への横展開、という3ステップのプロジェクトです。
─今後の事業拡大について教えてください。
岩佐 1年後に2倍です。売上は2倍の10億円、拠点数も従業員数も2倍です。営業所の場所もリサーチ済みで物件候補も絞り込んでいますし、各拠点での社員採用も実現可能だと考えています。市場調査、営業活動も動き出しているので、拠点を作り社員を採用できれば、仕事を獲得できる計算が立っているのです。一例ですが、大阪・関西万博は警備業界にとって非常に大きなイベントです。もちろん当社も万博会場での警備の受注を目指していますが、万博会場に多くの警備人員が投入されることで、全国各地で警備員不足が発生します。当社はそちらを中心に受注を拡大する考えです。もうひとつ挙げるなら、1年以内をめどにエンターテインメント性を備えた警備チームを作りたいです。イベント会場や街に安心感を提供するのが警備の仕事ですが、ある種のイベント会場や商業施設、観光地などでは、サービスの一環として「笑い」の要素があってもいいと思うのです。パチンコというアミューズメント業界出身ですから、そんな領域も切り拓いていきたいです。
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