闘う経済アナリストがわかりやすく解説
専門家の間でも評価が分かれる「日銀の追加利上げ」は正しかったのか?
文=森永康平(マネネCEO)/ text by Morinaga Kohei
日本銀行は2024年7月31日の金融政策決定会合で追加利上げを決定した。従来は「0から0.1%程度」としていた短期金利を「0.25%程度」に引き上げたのだ。その後、8月5日の月曜日に「令和のブラックマンデー」と呼ばれる株式市場の暴落が起きた(前週末比12.4%も下落して取引を終えた)。そのため日銀の追加利上げを否定的に評するコメントが溢れたが、筆者はこの令和のブラックマンデーよりも前、つまり追加利上げを決定した時から一貫してこの政策変更を批判していた。
なぜ利上げはインフレを抑えると言われるのか? 金融政策の基本を解説
そもそも、金融政策で利上げをする場合、その理由の1つはインフレを抑えるためだ。たしかに、この数年、日本では物価上昇が家計を圧迫しており、それを考えれば利上げは正しいようにも感じる。ちなみに、利上げをすることでインフレを抑えることができるとされているのは、次のような経路を考えるからだ。
賃金が上昇し消費者の需要が高まると、商品やサービスを提供する企業は値上げをしてより多くの利益を得ようとする。そうなると物価は上昇していくのだが、この局面で利上げをすることで、消費者が借り入れをして消費や投資をしようとする需要が弱まるため、結果として景気が冷えて物価上昇が落ち着く。こう考えられている。
なぜ専門家の意見が割れるのか?物価高の複雑な構造
しかし、この数年で起こっている物価上昇は消費者の需要が高まっていることが原因なのだろうか。コロナ禍で工場の稼働が停止したり、戦争によってエネルギーや生鮮食品の価格が上昇したり、異常気象によって農作物の生産が不安定になったことなどが要因のはずだ。さらに、多くの物を海外から輸入している日本にとっては、2022年から進行した円安も物価上昇を加速させたといえよう。
そう考えてみると、日銀が利上げをしたところで、止まっていた工場が稼働するわけでもなく、戦争が終わるわけでもない。期待できるのは円安が収まり、結果として物価上昇が鈍化する程度であろう。
経済という分野は非常に面白いもので、いわゆる専門家が同じ事象を見ても、意見や評価が真逆になることが多々ある。今回の利上げでも同じことが起きた。筆者は批判的に捉えているが、肯定的に捉える専門家もいる。筆者は常に自分が正しいとは考えていないため、今回の利上げを肯定的に捉えている専門家が、なぜ肯定的なのかを後学のためにも調べてみた。すると、「日銀が利上げをすることによって、銀行の預金金利も上昇することで、家計に入る利子所得が増えるから、消費にプラスだ」というのだ。たしかに、日銀の追加利上げ以降、預金金利の引き上げを発表した銀行は散見された。しかし、本当にこれが消費にプラスかというと筆者は甚だ疑問である。
40代以下の世帯に重くのしかかる利上げの現実
総務省が発表した2023年版の家計調査報告(貯蓄・負債編)によれば、世帯主が40歳未満の二人以上世帯の貯蓄現在高は782万円なのに対して、負債現在高は1,757万円。同じく40~49歳の場合は、貯蓄現在高は1,208万円、負債現在高は1,388万円だ。住宅ローン利用者の約75%が変動金利を選択しているなかで、現役世代、子育て世代の多くは銀行預金の金利が上がる恩恵よりも、住宅ローンの返済負担が増加することの影響の方が大きいだろう。
本稿の執筆時点では、日銀は今後も利上げを継続する姿勢を示している。私たちの生活に直接影響を与える日銀の金融政策について、国民はもっと厳しい目を向けるべきだろう。
森永康平
経済アナリスト、株式会社マネネCEO。証券会社、運用会社にてアナリストとして株式市場や経済のリサーチ業務に従事。2018年6月、金融教育ベンチャーのマネネを創業。『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)、父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)など著書多数。
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